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横浜地方裁判所 昭和44年(行ウ)13号 判決 1973年3月30日

横浜市神奈川区幸ケ谷一七番地の三

第一さくら苑

原告

深町輝明

横浜市神奈川区栄町一丁目七番地

被告

神奈川税務署長 半田龍次

右指定代理人

岩淵正紀

高林進

帯谷政治

庄子実

鈴木勇

古谷栄吉

右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

「被告が昭和四三年六月二九日付でなした原告の昭和三九年度分所得税金額を一三三、〇〇〇円と更正した処分のうち金一、六〇〇円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二  被告

本案前の裁判として、「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、本案に対して主文と同旨の判決を求める。

第二原告の請求原因

一  被告は原告の昭和三九年度分所得税に関し、昭和四三年六月二九日付をもつて、総所得金額金九七二、三一八円、税額金一三三、〇〇〇円とする旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をなした。

よつて原告は同年七月一日被告に対し、異議申立てをなしたが、被告は同年九月一九日これを棄却したため、さらに原告は同年一〇月三日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四四年三月二五日却下する旨の裁決をなし、同年四月六日原告に通知した。

二  しかしながら被告の本件更正処分中、所得額金一五〇、〇〇〇円、所得税額金一、六〇〇円を超える部分は、次の理由により違法である。

原告は昭和三九年日本音楽著作権協会(以下単に「著作権協会」という。)の経理の不正に関して著作権協会から会計帳簿等の監査のため経理専門委員会委員として委嘱され、会計帳簿等の監査にあたり、昭和三九年一二月末日までにその報酬として金一、四五〇、〇〇〇円を著作権協会から受領した。

しかしながら原告は、昭和四〇年以降も著作権協会におもむいて右職務を継続していたものであつて、そのための必要経費を支出しており、したがつて著作権協会から受領した右金員は、昭和三九年度の所得として確定されない。すなわち所得は収入する金額から必要経費を差引いたものである以上、収入する金額が確定するまでは所得の計算はできないし、また必要経費が確定するまでは所得の計算はできない。

本件の場合においては、昭和三九年一二月三一日をもつて原告の著作権協会の所得を確定することは適法ではない。よつて、原告は請求の趣旨記載のごとき処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

第二被告の本案前の抗弁

課税処分に対する取消訴訟が許されるのは、当該課税処分によつて、納税者の権利または利益が侵害される場合のようにその課税処分の取消しを求めなければ、回復できないような権利等法律上の利益がなければならない。ところが本件更正処分では、原告の昭和三九年分所得税確定申告書に記載された申告納税額を原告に還付しているのであり、これによつて原告はなんら権利または法律上の利益を侵害されていない。したがつて、原告は本件更正処分を取消す法律上の利益を有しないから、本件訴えは不適法なものであり、却下されるべきである。

第三被告の答弁

一  原告の請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項は争う。

被告が昭和四三年六月二九日付で原告の昭和三九年分事業所得の金額を九七二、三一八円と更正した計算基礎は、次表のとおりである。

<省略>

被告が右収入金額のうち申告額を超える一、六一一、一一一円を原告の昭和三九年分事業所得の収入金額と認定した根拠は次つぎのとおりである。

原告は、昭和三九年七月著作権協会の一部会員で構成されている訴外日本作曲家組合から著作権協会のずさんな経理内容を正すため、同協会の会計監査を依頼され、その監査に着手した。

その後、著作権協会と訴外日本作曲家組合との間に話し合いが行なわれ、著作権協会は、同協会の業務運営等を刷新改善し、内外の信用回復を計るため、昭和三九年一〇月一五日同協会に経営刷新委員会を設置し、同委員会の下部機関として経理専門委員会を置き、著作権協会の過去の経理面に開する不審な点などを明らかにし、これを経理刷新委員会に報告する業務を負わせた。

そこで、原告は、昭和三九年一〇月一五日経営刷新委員会設置と同時に、著作権協会から右経理専門委員会の専門委員(五人で構成され、著作権協会の職員一人も含まれている。)を委嘱され、同協会の会計監査を実施することとなつた。

右経理専門委員会は、昭和三九年一〇月三〇日開催された第二回経営刷新委員会の議決に基づいて、著作権協会の会計監査報酬として、同協会から、昭和三九年一〇月三一日金三、〇〇〇、〇〇〇円、同年一一月一三日金三、〇〇〇、〇〇〇円合計金六、〇〇〇、〇〇〇円を訴外宮城靖男経理専門委員会主査が受け取り、同専門委員会の業務は、昭和三九年一二月末をもつて、終了した。

原告は、右金六、〇〇〇、〇〇〇円のうち、訴外宮城靖男経理専門委員会主査から、会計監査報酬として訴外岩田賢経理専門委員会専門委員の分も含めて、昭和三九年一〇月三一日金五〇〇、〇〇〇円、同年一一月一二日金二〇〇、〇〇〇円、同月一三日金五〇〇、〇〇〇円、同月一八日金一五〇、〇〇〇円、同月二一日金一、〇〇〇、〇〇〇円、同月三〇日金五〇、〇〇〇円および同年一二月二八日金五〇、〇〇〇円、合計金二、四五〇、〇〇〇円を受け取り、右訴外岩田賢専門委員に対し、昭和三九年一〇月二七日金一〇、〇〇〇円、同月三〇日金二〇〇、〇〇〇円、同年一一月一〇日金一五〇、〇〇〇円、同月一一日金一〇、〇〇〇円、同月一三日金二〇、〇〇〇円、同月二〇日金六〇、〇〇〇円、同月二七日金五〇〇、〇〇〇円、同年一二月一二日金一〇、〇〇〇円、同月一三日金四〇、〇〇〇円、合計金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、差引額金一、四五〇、〇〇〇円を受領したものである。

よつて、原告が受領した右金一、四五〇、〇〇〇円は、旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)第四二条第二項に規定する報酬であり、同金額を税込金額(一〇%の源泉徴収所得税控除前の金額)に換算すると、金一、六一一、一一一円となる。したがつて、原告の昭和三九年分事業所得の収入金額は、金一、八一一、一一一円となる。

三  更正額にかかる必要経費の計算については、原告が、昭和四三年五月二一日異議申立調査の段階で、被告所属の係官に対して申立てた必要経費の金額をすべて認めたものである。

四  したがつて、原告の昭和三九年分事業所得の金額は、収入金額金一、八一一、一一一円から必要経費金八三八、七九三円を控除した金九七二、三一八円であり、事実の認識を誤つて過大に認定したとする原告の主張は、全く理由がない。

所得税法は所得を発生原因、担税力の差異および課税目的から各種の所得に分類し、その所得の種類に応じて所得金額の計算方法を規定しており、事業所得の金額については、その年中の事業所得にかかる総収入金額から必要経費を控除した金額とされている。そして事業所得の金額は、原則として第一に権利確定主義を計算原理としているもので、財貨または役務の受渡しにともなう権利義務の発生という事実に基づいて損益計算を行うものであり、第二には費用収益対応主義を計算原理としているのである。すなわち権利確定のときに損益が発生したとしてこれを把握し、収入金額に必要経費を対応せしめ、しかも一暦年間を区切つてその間の収益(収入金額)と費用(必要経費)とを対立的にとりあげてその差額を所得の金額とするものである。

次に事業所得にかかる総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額をいい、必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き事業所得の総収入金額にかかる売上原価その他当該総収入金額を得るために直接要した費用の額およびその年における販売費、一般管理費その他事業所得を生ずべき業務について生じた費用の額とされ、償却費については別として、いずれも収入金額に個別または期間的に対応したものとされている。

本件において原告は著作権協会からの会計監査報酬に対する事業所得の金額は、同協会に関連する費用の支出が終了するまでは確定しないと主張するもののようであるが、所得税法上事業所の金額は前述のような考え方に基づいて総収入金額から必要経費を控除して計算されるものであり、かりに原告主張のとおり昭和四〇年以降において極めて少額の費用が支出されたとしても、原告は昭和三九年末には入的役務の提供を完了し、収入金額は確定したと認められるのであるから、その後の若干の費用の支出によつて所得金額の確定する時期が左右されるものではない。右費用は翌年分の費用として計上すればよいのである。企業会計でいう費用収益対応においても、同一会計期間の実現収益とその収益の実現に寄与した発生費用との絶対的正確性をもつた対応は期し得ないことは当然のことである。

第四証拠

一  原告

(一)  甲第一ないし第一八号証、同第二〇号証の一ないし三、同第二一号証、同第二二号証の一ないし四、同第二三号証を提出。

(二)  証人長谷川堅二の証言および原告本人尋問の結果を援用。

(三)  乙第二号証は日本音楽著作権協会の書類であることは認めるが内容は否認、同第三号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

(一)  乙第一ないし第五号証を提出。

(二)  証人原均の証言を援用。

(三)  甲第三号証、同第九号証、同第一三号証、同第一五ないし第一八号証、同第二〇号証の一ないし三、同第二一号証、同第二二号証の三、四、同第二三号証の成立はいずれも不知、同第一四号証は官署作成部分の成立は認めるが、その余の成立は不知、その余の甲号各証の成立はいずれも認める。

理由

一  被告主張の本案前の抗弁について

被告は本件更正処分によつては、原告はなんらの権利または法律上の利益を侵害されていない旨主張するところ、被告のなした昭和三九年度の本件更正処分の所得額中には原告が同年度の所得には含まれないと主張している著作権協会から受領した金一、四五〇、〇〇〇円(右金額は一〇%の源泉徴収所得税控除前の金額に換算すると、金一、六一一、一一一円となる。)を算入していることが、被告の主張自体から明らかなところ、原告が本訴において取消しを求めているのは金一、六〇〇円を超える所得税額ではあるが、その前提として著作権協会から受領した右金員は所得額に含まれないこと、したがつて右所得に対してなされた源泉徴収税の還付にもおよぶこと明らかであつて、原告に本件更正処分の取消しを求める法律上の利益がないとは言えず、被告の主張は失当である。

二  そこで本案について判断する。

(一)  原告の昭和三九年度分所得税に関して、被告が昭和四三年六月二九日所得金額を金九七二、三一八円、所得税額金一三三、〇〇〇円とする本件更正処分をなしたため、原告は同年七月一日付をもつて被告に対し異議申立てをなしたが、被告は同年九月一九日これを棄却したため、原告は同年一〇月三日東京国税局長に対し審査請求をなし、同局長は昭和四四年三月二五日右請求を却下する旨の裁決をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  原告は本件更正処分の所得金額中、金二〇〇、〇〇〇円を除く金一、六一一、一一一円は昭和三九年度の所得ではない旨主張する。

成立に争いのない甲第四ないし第六号証、乙第一号証、証人長谷川堅二の証言により成立を認め得る甲第一五ないし第一八号証、証人原均、同長谷川堅二の各証言および原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

(イ)  原告は昭和三九年六月ころ知人の岡昌利弁護士から著作権協会の経理に不審があるのでその解明のため手伝つて欲しいとの依頼を受け、同協会理事を紹介された。

(ロ)  著作権協会は音楽家から著作権の信託を受け、使用料を徴収してこれを著作者に交付する職務を有するものであるところ、原告が同協会の会計帳簿を閲覧すると、徴収された使用料の使途が不明であるものが多額におよび、ついに同年一〇月一五日同協会内に刷新委員会が設置され、その下部機構として経理の調査に関する専門委員会としての経理専門委員会が置かれ、同月二三日に行われ、た第一回刷新委員会の会合において専門員四名のうちの一名に原告が委嘱された。

(ハ)  原告は他の専門委員らと共に経理に関する不審および責任を明確にすべく調査し、同年一〇月末ころ口頭で、同年一一月および一二月にはいずれも文書で、経理専門委員として、著作権協会の著作権の使用料について不正が存するとする報告をなし、同年一二月末までの間約六回にわたり著作権協会から金二、四五〇、〇〇〇円を報酬として受領し、内金一、〇〇〇、〇〇〇円を、同じく専門委員であつた岩田賢に対して報酬として交付した。

(ニ)  刷新委員会は約半年間の予定で発足し、昭和三九年一〇月二三日第一回会合を開いてから昭和四〇年三月まで存在したが、原告の関与した経理専門委員会から報告を受けたのは昭和三九年一二月文書でなされたものが最後であつた。

(ホ)  原告は昭和四〇年一月以降は、音楽家約三〇〇人の集りである三百人会からも著作権協会の経理の調査を依頼されて、同年八月以降は三百人会から報酬を受けた。

(ヘ)  昭和四〇年二月二四日経理専門委員会が解散することとなつて、原告は慰労金として金一〇〇、〇〇〇円を受領した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

(三)  右認定事実によると、原告は著作権協会の内部に設けられた刷新委員会の経理専門委員会委員としては、昭和三九年一〇月二三日委員に委嘱されてから同年一二月文書で報告するまでの間にその実質的活動をなし、報酬として金一、四五〇、〇〇〇円の交付を受けているものであつて、右金額は昭和三九年度分の所得として確定したものというべきである。

ただし所得税法上の所得は、収入から経費を差引いたものであること明らかであるが、右収入および経費の帰属年度については、原則として権利確定主義を採るべきものと解されるところ、前記認定の事実のもとにおいては、原告の著作権協会からの収入および経費は、いずれも昭和三九年度のものとして帰属するものというべきである。

もつとも前掲甲第一五ないし第一八号証、成立に争いのない同第二二号証の一、二、原告本人尋問の結果により成立を認め得る同第二〇号証の一ないし三、同第二一号証、同第二二号証の三、四、同第二三号証ならびに原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四〇年一月以降も著作権協会の経理の不審解明の仕事をしていたことが窺えるけれども原告の昭和四〇年一月以降の仕事の内容は経理専門委員としてのものと、三百人会からの依頼に基づくものとが混在し、したがつていずれの費用になるとする区別も不可能な状況にあつたことが窺われ右各事情からみても、原告の著作権協会から受領した金一、四五〇、〇〇〇円は、昭和三九年度において確定した所得というべきである。

(四)  しかして弁論の全趣旨によると、原告の受領した金一、四五〇、〇〇〇円は一〇%の源泉徴収所得税控除後の金額であるものと認められ、これを控除前の金額として算出すると金一、六一一、一一一円となる。そして原告が昭和三九年度分の所得額として右著作権協会から受領した金額のほかに金二〇〇、〇〇〇円の申告をなしていること、昭和三九年度における所得額に対する必要経費合計が金八三八、七九三円となること原告において明らかに争わないところであり、したがつて右所得金額から必要経費を差引くと金九七二、三一八円となり、これを所定の率に基づいて所得税を計算すると金一三三、〇〇〇円となることも明らかである。

三  以上のとおり本件更正処分には原告主張の違法ありということはできず、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 板垣範夫 裁判官花田政道は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 柏木賢吉)

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